庄内藩

庄内藩
鶴ヶ岡城跡の鶴岡公園

江戸時代、出羽国田川郡鶴岡(現鶴岡市)に藩庁をおいた譜代藩である庄内藩。現在の山形県の大半を領有していた最上氏が1622年に改易(かいえき)され、信濃国松代藩の藩主酒井忠勝が13万8000石余で入部し、庄内藩が成立。
その後、明治維新まで酒井氏12代が続きました。

致道館

東北地方に唯一現存する藩校「致道館」

寛政異学の禁(1790) の後、諸藩が幕府の方針に従い朱子学を藩学とする中で、庄内藩主・酒井家九代目忠徳公は、徂徠学を教学とした藩校「致道館」を設立しました。
致道館教育の特色は「天性重視個性伸長」と「自学自習」、「会業の重視」にありました。生徒一人ひとりの生まれつきの個性に応じてその才能を伸ばすことを基本にしながら、知識を詰め込むことではなく、自ら考え学ぶ意識を高めることを重んじたのは、すべて徂徠学の思想に基づくものです。
 こうした教育方針は、当地の教育的風土を形づくるとともに時代を超えて変わらぬ学びの精神として受け継がれ、教育の根幹をなしています。
また、この藩校建築は、現存するものとしては東北地方唯一のもので、歴史的、文化的にも価値が高いものとして知られています。


湊町酒田と北前船

 江戸時代、北前船の交易によって「西の堺、東の酒田」といわれるほど繁栄を極めた湊町酒田。
 酒田からは「米」や、当時の華やかな京友禅に欠かせない、一級品として名を馳せた「紅花」などが上方向けに運ばれ、これによって酒田の商人は多大な富を築いたといわれています。
上方からは「塩」、「木綿」、「日用品」の他に、様々な京文化が乗せられましたが、その一つに「お雛さま」があります。北前船によって運ばれたお雛さまは、当時の酒田湊の繁栄を物語るように、豪華さと風格があり、非常に贅を尽くしたものが多いと言われています。
 現在でも、湊町酒田には往時をしのばせる豪商や廻船問屋の建物がある他、料亭文化が息づく茶屋では、舞娘による踊りを楽しむ事ができます。



  • Copyright © 庄内観光コンベンション協会. All Rights Reserved.