【観光の舞台裏vol.6】
時を奏でる宿 若葉旅館 若旦那(専務取締役) 矢野 慶汰

2021.02.26

庄内の観光に携わる“人”にフォーカスして、その舞台裏をインタビューする「観光の舞台裏」シリーズ。第六回目の舞台は、酒田市の中心地にある老舗旅館「時を奏でる宿 若葉旅館」です。

創業は1952年(昭和27年)。徒歩圏内に山居倉庫、本間家旧本邸、廻船問屋旧鐙屋、山王くらぶ、さかた海鮮市場などの酒田を代表するスポットにあるという観光には絶好の立地にあり、しかもリーズナブルなお値段で地元庄内の恵みたっぷりのお食事を味わえることから、多くのリピーターが訪れる人気のお宿です。

昨年(2020年版)から世界一のシェアを持つ旅行ガイドブック「ロンリープラネット」の日本版にも掲載されるようになり、ここ数年でインバウンドの宿泊客が約3倍になるなど、国内のみならず海外のお客様からも評価の高い若葉旅館。実はその裏側には世界150カ国を訪問し、英語とスペイン語を自在に操るという“異色の経歴”を持つ若旦那さんの活躍があったのです。

そこで今回は、若葉旅館の若旦那である矢野慶汰さんにお話を伺いました。

アメリカでの大学生活と旅行会社への就職

東京生まれ、愛知県育ち。中高で1度ずつアメリカに短期留学したことがきっかけで海外に興味を持ち、米アリゾナ大学に入学、社会学を専攻する。
当時、約36,000人の学生のうち日本人はたった300人。そのおかげもあって、英語はメキメキと上達した。また、大学のあったアリゾナ州は元々メキシコであったということもありヒスパニック系の住民が多かったため、スペイン語を履修することに。在学中の成績が評価され大学の援助でメキシコに短期留学する機会を得るなどして、スペイン語も習得した。

アリゾナ大学の社会学科には、「一つでも多くの国を自分の目で確かめなさい」という教えがあるという。大学卒業後、修士課程に進むための資金を貯めるべく一旦就職をしようと考えていた矢野さんは、その教えに基づきたくさんの国を見ることができる仕事を探す。結果、海外、特に秘境への旅を得意とする東京の旅行代理店・ユーラシア旅行社に入社するが、まさかその後15年間どっぷりと勤めることになるとは、その時は想像だにしていなかったのだった。

1年のうち約7割を海外で過ごす日々

旅行会社に入社してからは、目まぐるしい日々が矢野さんを待ち受けていた。
主に添乗員として旅行に同行する傍ら、自ら旅行を企画したり、旅行のアドバイザーとしての業務をこなしたりもする。1回の旅行が半月程度、それが年間約20回。1年365日のうち、250日は海外にいるというような生活だった。一見仕事で旅行に行けるなんて聞こえはいいが、実際は突発的なトラブル処理がほとんど。やりがいはあるが、体力的にも精神的にも消耗する日々が続く。

中米諸国全7ヵ国、4,000キロの道のりを陸路で旅するツアーの添乗をしていた当時は、国境で賄賂を要求されることなど当たり前の時代。時には支払いながら、けれどもできる限り少額に抑えて、何よりお客様の安全を確保し、スペイン語で交渉に当たった。その手腕を評価され、前職では“国境越え職人”と呼ばれていたという。

現地に代理店がないような場所ばかりで、時には自ら旅行の交渉を行ったが、その過程で危険な目にあったこともある。アフリカのエチオピアで原住民と交渉をしていた際、交渉が決裂。現地ガイドの「逃げろ!」の一言で必死に車に戻ったが、戻った瞬間4WDのサイドミラーに原住民の投げた斧が当たった。

「あの時斧が当たっていたら、僕はここにはいませんね。」と、矢野さんは振り返る。

庄内、酒田との出会い

そんな生活が続き40歳も手前になった頃、縁談が舞い込む。
旅行会社時代の東京のお客さんの中に、酒田市の飛島で頻繁にバードウォッチングをされる方がいた。その方に紹介されたのが、若葉旅館の若女将、つまり現在の奥様だ。
その時点で旅した国はすでに150カ国以上。当当初掲げていた「一つでも多くの国を自分の目で確かめる」という目的はもう十分果たした。そろそろ次のステージに、と思っていた矢先だった。

数々の美しい景色を目にしていた矢野さんだったが、あっという間に庄内に魅了される。キラキラと輝く水田、美しさと怖さを両方持ち合わせた日本海、そして海山里でとれた四季折々の新鮮な食べ物。しばらくの間は仕事を続けながら酒田に通っていたが、庄内から離れがたくなったこともあり、2015年(平成27年)4月に移住。若葉旅館の専務取締役兼若旦那となった。

名ばかりの若旦那から若葉旅館の“顔”へ

海外と日本を往復する生活から解き放たれ、今度は田舎でのんびり家業を…というわけにはいかなかった。
観光業界には携わっていたものの、旅行会社と旅館は似て非なるもの。専務とは名ばかり、学歴も語学もこれまでの経験も考慮されない中、ホール作業や予約の処理、皿洗いや掃除など、下積みをする日々が始まった。
「世界のどの国よりもカルチャーショックでした。おしんの世界そのものでしたよ。」
移住当初のことを矢野さんは笑いながらこう語った。

慣れない環境で、また一からのスタート。ランチに訪れる地元のおばちゃんたちに励まされながら現場での仕事を庄内弁とともに少しずつ覚え、今度はそこで得た気づきを活かして旅館の経営にもテコ入れを始めた。

旅館は市役所にも近くビジネスマンの利用も多かったことから、たくさんあったランチメニューを定食一つに一本化し、回転率をアップ。“毎日通える”をコンセプトに、価格を抑え、日替わりで違うメニューを提供するようにしたところ、ランチの売り上げが倍増した。

得意の語学を活かして、インバウンド対応にも力を入れた。徐々に口コミが口コミを呼び、移住当時酒田で7位だったトリップアドバイザーのランキングが1位に。2015年は年間300泊ほどだったインバウンドが2019年(平成31年)には1,000泊にもなった。

もともと料理の美味しさには自信があったが、美味しいから自動的にお客様が集まるわけではない。そう考えた矢野さんが何より力を入れたのが、営業活動だ。
徐々に前職での海外経験について人前で語る機会が増えたこともあり、積極的に講演会などに登壇。山形新聞の日曜随想にも寄稿するなど、自らがどんどん外に出たり発信をしたりすることで旅館のPRにつなげた。結果、県内外の新規のお客様が旅館に訪れるようになったのだった。

“究極のおせっかい”の先に

インバウンド旅行客を受け入れる上で特にネックとなるのは、宗教や主義、アレルギーによる食材制限のリクエストだ。若葉旅館では予約時にそれらを確認し、極力お客様のご要望にお答えしたお料理を提供している。
魚介類や甲殻類にアレルギーのあるオーストラリア人のお客様からお寿司を食べたいと言われ、アレルギー食材を避けて旅館でお寿司を握ったこともある。ダメだというのは簡単だから、まずやってみる。やれるところまでやって、もしダメだったらその時は自分が謝りにいけばいい。スタッフにもそう伝えているという。

「接客業は、“究極のお節介”だと思うので。」

正直、そのような個別対応は人的リソースを考えると全く割に合わない。しかし、このようなお客様一人ひとりに合わせた対応が、若葉旅館の人気の一番の秘訣なのだろう、と感じさせる一言だった。

新型コロナウイルスの影響で旅行者が激減した昨年だったが、矢野さんはすでにコロナ後の旅行需要を見据えている。

「また観光客が戻ってきた時、大人数をさばいていくのではなく、一人ひとりにきちんとしたサービスを提供していきたい。そうすることが口コミになり、リピーターになるという好循環につながると思う。」

来たお客様に“ここまでするか”と驚きを提供する旅館を目指して。若旦那の快進撃は、始まったばかりだ。

【施設情報】
施設名:時を奏でる宿 若葉旅館
住所:〒998-0043山形県酒田市本町2丁目3-9
アクセス:庄内空港よりリムジンバスで「酒田市役所前」下車後徒歩約2分、車で約20分、JR酒田駅より車で約5分
電話:0234-24-8111
駐車場:あり
駐車料金:無料(30台)

<ライター紹介>

地元ライター:國本 美鈴(くにもと みすず)
埼玉県深谷市出身。早稲田大学国際教養学部卒業後、都内の情報・通信系企業にて新規事業立ち上げやメディアの編成・PR等を担当したのち、2019年7月〜庄内に移住。現在、庄内町地域起こし協力隊観光PR担当として、イベントの企画やSNS等を活用した地域の情報発信などを行うほか、北庄内地域通訳案内士の資格も持つ。これまで訪問した国は45カ国という大の旅好き。庄内の魅力を県内外、そして海外の人にも発信すべく奮闘中!

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